2012年10月アーカイブ

秋色:2

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二日の留守。
素晴らしい晴天と気温&景色の誘惑

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秋色

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80歳の"xxジジ"が国政復帰(焦り)? やはりか
猿ならリーダーの座に追われるか、殺される歳にも超えているな〜
果たしてこれは"人間"と言う動物の進化やら、退化やら・・・

秋色は多彩だが、
その先は寒冷と単調の冬が待っている。

この間の同級生の集いの話だが
雑談の中、友人は"石原慎太郎とは?・・・"と訪ね
おもむろに答えた"チンピラだ。さもなければ忠実な共産主義者だ・・・"ガッハハ
(彼の言動のおかげで、棚上げされた問題が解決に向かっているし、
その彼は最近黙り込んでいる。何なんだよコイツは、ただの度胸のない臆病モノ)

ま、政治家&政客とはほど遠いモノだし、マトモな"右翼"でもないな〜
そんなモノに厳然・厳粛たる歴史を幻のようにしたのは
情けない。やはりチンピラ類なモノだ。

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己が上海に行っている間に
その(戦争の)歴史が知らず?(知らない訳が無いだろうね)になった
外務大臣の玄葉さんが領土問題をPRのため
ヨーロッパ(英、仏、徳)に出向いたそうだ。

ま、考えてみれば
よくも勇気のある行動に移したモノだ
それともただの"幻"を看て過ごす単純な恥知らず? なのかぁ。

さて、夜の上海を拝見していたので
今度昼の上海を・・・
と言う計画を立て、移した。

地下鉄10号線の南京東路駅に降り、
そこから外灘までは400メートル足らずの道のり。

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って、外灘に沿ってこの景観を看ながらに思ったが、
夜の上海こそ"上海らしいさと魅惑"がある。
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さて、上海に来た以上、豫园にある
南翔饅頭店の小籠包を"食べなくでは・・・"とは言われますが
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1階は持ち帰り販売のため、長蛇の列。
2,3階の値段が高めに設定してあるため、20分くらい待てば食いつける。
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味は・・・うん〜、ま〜・・・待って甲斐があったのか・・・

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突然目の前に座り込んだ白いTシャツを着た一団と出くわした。
団体旅行者かと思えば、赤いシャツの文字は"株を返せ!!"とある。
ま、株投資に失敗もつきものだ。不覚な一群だ。

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オススメレストラン。
上海ガニーの王宝和 & 伝統上海料理の老舗上海1号

昨日の色校は明らかに印刷屋(判りながら)の誤摩化しで
今日の夕方に再度本紙校正が出ることになった。

ま、夕方とはまた"前後"になる可能性が大なので
そんな時間感覚に真面目に付き合えったら、寿命が縮む。
なので、それまでに上海から50数キロ離れた周荘に行くことにした。

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観光客が溢れる狭い路地。

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江南水郷の原風景ーー中国画の白黒の世界。

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各家庭の生活要水路に通じる階段。

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日向ぼっこしながら客を睨む犬。

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沢山の観光客の喧伝の中、素朴な日常が延々と・・・

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夜の上海。ホテルShangrila・36階のバーにて
浦东から浦西を眺める。
・・・
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とは言っても、大きな違いはない。
肌で感じたのは湿度は日本のと近い。
後は、上海女のファッションは北京よりお洒落?くらい・・・

ま、総じてここは中国の金融センター
ーーー経済と商業活動は盛ん。
   それ以外は、都市それと変わらない。

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朝の出勤ラッシュ。

はてはて、昨日の予定で出る色校が
今日の夕方になっていた。
そもそも"予定"と言うのはこちらの解釈では"前と後"に意味する。
言ってみれば、約束を守れない口実にすぎない。
はるばるここへ来てこの"予定"と向き合うとは
これはこれは・・・参った!!

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待ちわびた夕方がやって来たと同時に
印刷屋もやって来た。
が、本色校でもなく、簡易校正でもなく
何で言うかな〜
カラー出力?のようなシロモノたっだ。
これでは版ずれやら、カラーの判別は不能になる。(のは当たり前のことだが)
さあ、これはこれはこれには・・・参った!!

友人は"ま、これは中国式のやり方だ。制怒・・・"とは言い慰められたが
僕的に思ったのは、怒るには何に対して怒れば際、判らない状況だ。
・・・

11:30分の便だが
凄まじい北京の朝通勤渋滞を避けるため
早めの出発をしたが
渋滞にハマりそうになった。

いつも思うことだが
北京の幹線道路は"世界一"くらい整備されていながら
なぜ渋滞が・・・
やはり世界一のマナーの悪さか?

北京空港に2時間前に着き
トイレとタバコを済ま
コーヒーを飲みながら待つ。
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pm14:00。上海虹橋空港に着く。
友人のすすめてタクシーを乗り、一路友人の会社に向かう。
が、上海の渋滞も半端が無い!!
イライラしながら、動かない車列に並んでいたら
いきなり後ろから"ドン〜"と言う大きな音と振動が伝わって来る。
ーー追突事故に遭われた。
  後ろの3台目のクルマが真ん中のワゴンに一撃、そのワゴンは乗っていた
  タクシーをぶっつけられた・・・

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ま、こんな感じで出迎えられるとは
想像だにしていなかった。

夜は海鸥飯店にて
この夜景を眺めながらの宴会・・・

友人の好意。
だが、上海にはあんまり好印象が持てない。
東京にいた時は上海は大阪と例えていたが
今度は北京にいる上海は東京にも例える。かなぁ?

東京にての"試練"があるかのため
ま、上海もそう思えれば良い
と、自ら説得する。

どんちゃん騒ぎの国慶節と中秋も終わったし
これから年末に向かう。
年末ですね。何だか言葉自体がなぜか懐かしく思える。
あれはすでに"終わった事"ですね。

さて、来週に出発。上海へ。

山も看たくなった。
北京の北にある密云水库へ。(往復約200キロ)

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カメラを構えている場所は過去では水没されていた。(30数年前の記憶)
今は農地として使われている。(それだけ水の量が減っている)
過去も水辺に水泳したり、釣りをしたりすることも出来た。
が、今となって
北京の最重要な生活用水水源として、増えすぎた観光客から守るため
沢山のダムに通じる山道に地元の人たちによって監視し、通過を拒否された。

監視員の一人に曰く:
"あんたたち北京人には問題ないと思うが、それ以外の人が恣意のゴミ捨ては
半端がない。そのコントロールが難しく、なので誰も入れられないことに・・・"
・・・? なるほど・・・!

さて、近づけることもできず、遠くから眺めるしかない。
そう言えば、初恋の相手もここで出会えていた・・・

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青とオレンジのコントラスト。

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かなり年代物の鏡に赤の"為人民服務"の印字。毛沢東の語録である。
民家で"農民食"を食べる時に見かけたシロモノ。

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赤のソロ。

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山のトリオ。

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知り合いから倅が日本に留学させるべきかと相談され
こう答えた:"するかしないかを本人の意志に任せるべし・・・"
その知り合いはまたなぜ僕が日本に離れたかを聞いた
ま、余計なお世話だと思いながら
こう答えた:"失望から希望を見いだすためだ。アッハハ・・・"

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今年の壮大なる高速通行料無料の実験は終了。
結果について区々だが、
ま、"始まり"があればその"続き"もある。
これからは高速無料に繋がれば
これこそ"為人民服務"の真髄になるところであるが・・・

さあ、為政者の思惑とは?

海を看たくなった。
仕事で関わっている友人に"二日休ませて・・・"とのメールを入れ
高速乗り2時間あまり(約240キロ)北京の東へ出かけた。
辿り着いたのは、渤海湾の北側。

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中国では初の祭日高速利用料無料になるが、実施日の初日とその後の何日間では
高速の平均スピードは時速20キロ(←何にそれ!!!)
つもり高速は駐車場になっていた。

これを避けるべしと、皆が出かけた後に行く事にした。
って、この通り、道がスカスカで、時速120(140)キロ。もう、最高な走り気分だ。

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岸辺に古びた船。この辺りは観光地として整備されていなく
観光客の人影もいなかった。海の匂いと塩風と静けさで、大変気に入った。

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岸辺に咲くコスモス。

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海だ。太陽に照らされた海面はアルミホイルに見えていた。
海の向こう側は天津。

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帰りにかの唐山に寄ってみた。
30何年前の大地震で、都市と何十万の人々が一瞬のうちなくなられた。
が、いまは古い建物を探すのが難しく
地震の瓦礫の上に真新しい都市が聳え立つ。