2019年10月アーカイブ
-----「中国人多数・日本人少数」埼玉の団地生活でわかった「分断の感覚」
記事の内容には別段大した興味がないが
・・・ ここは5000人弱の住民の半数強が外国人住民という、UR都市機構の賃貸住宅だ。外国人住民の大半は中国人で、IT技術者を派遣する会社に所属し、プログラミングの仕事をする若い世代が多いのが特徴だ。・・・
の記事中身の云々に反応した。
僕は芝園団地に住んでいた頃は確か外人は少数派だったね〜
離れたこの何年でこれだけの変化とは・・・
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確かに身の回りの知り合いや、親戚などの何人の子供は
すでに日本に留学していると耳に入っている
聞いた話の中、もっとも簡単な留学理由は
"日本のゲームは大好きで、ゲームに通じて日本語を取得し、そのまま日本へ"。とか。
学費と生活費は"もちろん"家族から捻出する。とか
切羽詰まった感はなかった・・・
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思い出すと
80年代の後半に出国した僕では、
当時の中国では外貨の両替は解禁されておらず(自由に換金できない)
日本行きのために取得パスポートを手にし、
銀行にて日本円4000円しか両替できなかった。
4000円に含まれる概念も理解せず、興奮した気持ちで日本上陸したが
空港から住むところの赤羽までは
ほぼ半分の手持ちカネはなくなっていた時の"エライ"不安と恐怖が
今も覚えている。
その後の5年間はアルバイトで学費と生活費を稼ぎ
家の近辺にある八百屋さんの店前に並んだすいかを睨みながら
ついに口にすることはなかった・・・
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まあ、今の子の留学では、"手軽"にでき、まるで"今日の昼飯は何にする?"
の掛け声みたいなことになっていた。
確かに進歩した・・・